白い花

ギリシャ神話のパンドラの箱ってありますよね。ふたを開けると世の中のあらゆる災いが飛び出して、慌てて閉めたら希望だけが残っていた、というあれです。でもね、ひょいと思いついてこの「希望」を調べてみたところ、なぜかあまりいい表現をした話がみつからないんです。

残ったのは「まやかしの希望」だったとか、「むなしい希望」だったとか。手もとに残っても、ろくなもんじゃないって感じで表現したものが多いんですね。もしかして、「希望」って悪いものなんでしょうか…。

ネットを見て回ると、「災い」といっしょに入っていたのだから「希望」も元は悪いものなのだという説や、「希望」はもともといいものだけど、箱に詰めてほったらかしにしてたから、パンに生えるカビのように「希望」にも「災い」が生えてきたんだという説がありました。

辞書には「自分がこう成りたい、人にこうしてもらいたいとよりよい状態を期待し、その実現を願うこと。また、その事柄」とあります。

ということは、希望そのものには「いい」とか「悪い」といった区別はなくて、自分に対して、あるいは人に対して、より大きな「期待」を寄せてしまったから、それがかなえられないときに「まやかし」になったり「むなしい」ものとなったりするのかもしれません。

あの人は 夢に期待をしすぎるのね
夢をみるのが悪いんじゃないのよ
だめなら 何度でも やり直せばいいのよ

つい最近、「大草原の小さな家」の中で、小さなチャールズ父さんに、チャールズ父さんのお母さんがこんなふうに言ってるのを聞きました。

大きな夢を見るのが大好きで、ついついできない約束までしてしまうチャールズ父さんのお父さん。そんなお父さんのことを、お母さんは「あの人は、そこのところをわかっていない」と言ってため息をつくのでした。

光にあて、風にさらし、ときには水や肥料をやりながら育てていく
──カビが生えたりしないように(笑)

パンドラの箱の「希望」にしても、チャールズ父さんのお父さんの「夢」にしても、大切なのはそんなことなのかもしれません。逃げないように箱に閉じ込めたりするのではなく。

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