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この間のお月見では月見団子を作って楽しんだんですが、ふとある疑問が浮かんだんです。お月見をする時って、どうして餅でもなく饅頭でもなく団子なんでしょう???

調べてみると、「角川新版古語辞典」にはお月見に関してこんなふうに書かれておりました。

つきみ【月見】名
1.月をながめ、観賞すること。観月。特に陰暦八月十五夜と九月十三夜との月を賞すること。
2.《その夜、月に供えたまんじゅうに穴をあけて月光を見たことから》女の鬢削(びんそ)ぎ、また男の袖止めの祝い。

それぞれの項目を見てみると、鬢削ぎも袖止めも成人を祝う儀式のようです。お供えした饅頭に穴をあけてお月様を見るだなんて、ずいぶん変わったことをしてたんですね(笑)

ともあれ、こういう儀式には饅頭が登場するけれど、特に十五夜のお月見に饅頭ってわけじゃないみたいです。じゃあ、お月見する時って、どうして餅ではなく団子なんでしょう??? と、微調整(笑)

「餅」と「団子」の意味を広辞苑でそれぞれ調べてみることにしました。

だんご【団子】
1.穀類の粉を水でこね小さく丸めて蒸しまたはゆでたもの。付け焼きにしまたは餡や黄粉などをつけて食べる。いしいし。

─おろし【団子降ろし】
小正月の飾りだんごを二〇日に下げて食べること。

─さし【団子挿し】
1.小正月の飾りの─。ミズキなどの小枝に、小さな餅などを付けたもの。まゆだま。あわほひえぼ。→物作2
2.八月十五夜の供物の団子を盗む風習。子どもの間で広く行われ、罪とは意識されなかった。

もち【餅】(モチヒの約)糯米(もちごめ)を蒸し、臼で搗(つ)いて種々の形に作った食物。多く正月・節句や祝い事に搗く<名語記六>

団子挿しの説明のところ、「小さな餅などを付ける」って──
あれ? もしかしてあんまりきちんと区別してなかったりします?(汗)

今度は「角川漢和中辞典」で「餅」の字を調べてみました。「餅」は俗字だから「餠」を見ろって書いてありますよ。

【餠】(ヘイ、もち)[解字]形成。并(ヘイ)が音を表し、ひらべったい意の語原(平)からきている。その形からもちの意となった。

[字義]1.もち。むぎこもち。うどん粉をこねてつくっただんご。
2.もちのような形のもの、またはその一片。

…やっぱり、全然区別してませんよ(汗)

おまけに辞典の最後のページに「音訓検索」があるんですけど、「もち」の項目のとこ、「餅」の隣に「餌」の字が並んでいるのを発見。えっ、これも「もち」って読むの!?

【餌】(ジ、え)[解字]形成。耳(ジ)が音を表す。もと、米の粉でつくっただんごのこと。のちにもっぱら飼に通じて用いられるようになった。

[字義]1.たべもの、食物の総称。「薬餌(やくじ)」。2.え(ゑ)。えさ(ゑさ)。えば。動物の飼料。3.魚をつるえさ。4.人を誘い出すためのあてがい物。5.くわせる。餌(え)をくわせる。6.利を与えて人を誘う。7.もち。だんご。8.こながき。こごめを粉にしてこね、丸めてむしたもの。だんご。9.すじ。肉の筋。

直接「もち」とは読まないけれど、そういう意味が含まれてるみたいです。ああ、びっくりした。

そういえば、桃太郎はお供をしてくれる犬、猿、雉にきび団子を与えていましたよね。お供え物にしたり、協力してくれるお礼の品になったり、けっこう守備範囲が広いのが団子の特徴と言えるようです。

餅との区別がはっきりしないところがあるけれど、団子は材料を選ばないようだから区別しきれずに混ざっちゃうのはしかたがないのかなぁ(汗)

じゃあ、団子にはどんなものがあるのかな。お供えするもの限定で調べてみるとこんなものがありましたよ。

月見団子…十五夜飾りや十三夜飾りの一つ。お月様に供える。十五夜にちなんで15個、十三夜にちなんで13個の団子を供えたりするほか旧暦の月の数を供える所もある。

十六団子…山の神様に供える団子。里へおりてきて田の神様となる春と、山の神様に戻る秋にお供えする。お供えするお団子の数は16個。神様が移動する日を3月16日、11月16日としてお供えする所がある。

みずき団子…小正月に水神に供える団子。みずきに米や蕎麦粉で作った団子を飾る。

こんなふうに並べてみると、団子はある程度の数をお供えするものが多くて、五穀豊穣を祈る農耕と深い関わりがあると言えるようです。

ちなみに「角川漢和中辞典」によると、「団子」の「子」の字には小さいものを表すほか種子の意味もあるそうですよ。農耕の世界から見ると、団子って小さな種がいっぱい実っているようなもの… なのかもしれませんね、もしかすると。

【追記】2006.10.18
団子の起源は縄文時代らしい… ということはネットで見かけておりました。でも、月見の起源と言われる醍醐天皇が催した月の宴では、団子を供えたという記録はないんだそうですね。江戸時代の文献になると庶民が団子をお月様にお供えしている記録が出てくるようなんですけど──

この間、どこら辺で団子が登場するのかなと思っていたところ、藤原氏の時代の中期頃という話があると情報をいただきました。ありがとうございます♪

昔から我が国では秋に新穀の取入れが終わると、その新穀を神仏にお供えし感謝をする風習がありました。藤原氏の時代の中期頃より宮中では9月15日の満月に新穀を粉にしそれをだんごに丸くまるめ平年の年は12ケ、うる年には13ケと萩とすすきと共にお供えしたとされています。

by本家鳴海餅の「お菓子の発祥や由来」「月見団子の由来」より

藤原氏が歴史の舞台に登場したのは蘇我氏の後、武家社会が台頭してくるまでの間を表舞台で活躍した時代とすると7世紀後半から12世紀頃ってことになりますよね。その真ん中へんってことは9世紀か10世紀頃。広辞苑によると醍醐天皇の月の宴は919年(延喜19年)ってことだから… 団子のお供えは月の宴と時代的には大して変わらないのかしら。

ともあれこうして調べていると「団子って、五穀豊穣を願う場面でお供えされることが多いんだな」と感じていたんですが、月見団子もやっぱり収穫に関わっていたんですね♪

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