旧淀川から貴船川を遡る神話の最終地点は貴船神社です。
This shrine seems to be related to the demon from “Demon Slayer: Kimetsu no Yaiba”.
この神社は、「鬼滅の刃」の鬼と関連がありそうです。
(この記事は、「鬼滅の刃」1巻、6巻、9巻、16巻、18巻、20巻、23巻、ファンブック第一弾のネタバレを含みます)
貴船神社の創建神話に沿って、「鬼滅の刃」立志編のイメージが散らばっているようです。これまで見てきた旧淀川から貴船川間の遡り地点のイメージは、こんな感じ。
- 累と逆髪
- 鴨川
- 那田蜘蛛山の鬼と犬夜叉の妖怪
- 北野天満宮、西陣、仁和寺
- 珠世さまと愈史郎
- 河合神社、糺の森
- 響凱と手鬼
- 伏見稲荷、鞍馬寺
- 無惨と牛頭天王
- 御堂筋、垂水神社、伏見稲荷大社、横大路沼、八坂神社、蓮華王院、賀茂御祖神社、賀茂別雷神社
そして神話の最終地点は、貴船神社の奥宮です。川を遡ってきた珠依姫が、絶えず清水が吹き出る霊験あらたかな場所を見つけ、そこに一つの祠を建てたことが貴船神社の始まりと伝えられています。
貴船神社の興味深い点は、甘露寺さんの誕生日と同じ6月1日に、重要な神事とされる貴船祭が行われるところです。これはもともと旧暦の4月1日と11月1日に行われていた御更衣祭(ごこういさい)が起源となっています。
御更衣祭は文字通り衣替えの神事ですが、前記事で考察してきた脱皮をイメージさせるところが興味深いですよね。
貴船神社にはこの他にも聖地があって、貴船山の中腹のどこかに、貴船大神が鎮座する鏡岩があると伝えられています。
国家安穏、万民守護のため、貴船大神が天上より鏡岩に天降りされたとされるのが、遠い昔の丑の年、丑の月、丑の日のこと。「鬼滅の刃」では、この「丑」というキーワードは、上弦の鬼や一部の下弦の鬼に共通したイメージになっているようです。
「丑」が表す意味
「角川 漢和中辞典」によると、「丑」の古い字形は「手で物を取ること」を示し、「十二支の丑に仮借して使用する」とあります。文字の意味は以下のとおりです。
- うし。十二支の第二位。
- 時刻。うしの刻。今の午前二時、およびその前後二時間。一説に、その後二時間。
- うしの日。
- うしの月。
- 方位。北から三十度東の方角。
- 五行では、土。
- 動物では、牛をあてる。
- はじめ。
- むすぶ。
- 手かせ。
- 中国演劇の道化役。
また、陰陽五行思想を人の運命に当てはめた四柱推命の考え方によると、「土」に属する
丑、辰、未、戌の四つの支は「四庫」の別名を持ち、土蔵や金庫の意味があるといいます。
「丑」が持つこうした意味をあてはめていくと、それぞれの鬼には以下のようなイメージが重なりそうです。
鬼舞辻無惨と「丑」の共通点
無惨には、貴船神社の創建神話につながる京都・八坂神社のイメージがあります。
八坂神社の御祭神は素盞嗚尊(スサノヲノミコト)で、素盞嗚尊と同体とされる神様には疫病を防ぐ牛頭天王(ゴズテンノウ)がいます。明治になるまでは八坂神社も牛頭天王を祀っていて、祇園社と呼ばれていました。
牛頭天王は牛の頭部を頭にのせて憤怒の形相をしているのが特徴です。無惨は丑の十二生肖の「牛」のイメージにつながりそうです。
黒死牟と「丑」の共通点
角川 漢和中辞典によると、黒死牟の「牟」の字には、「なく。牛の鳴く声の形容」といった意味があります。黒死牟も丑の十二生肖の「牛」のイメージにつながりそうですね。
また、「死」は「囲碁で、碁石を敵にとられること」という意味があり、20巻 第178話の黒死牟の回想につながるところも興味深い点です。
童磨と「丑」の共通点
童磨の血鬼術は、「蓮葉氷(はすはごおり)」、「枯園垂り(かれそのしづり)」、「凍て曇(いてぐもり)」など、冬の厳しい寒さを思わせる名前が並んでいます。(16巻 第141話、18巻 第158話)
旧暦12月(新暦1月)は、北斗七星の柄杓の柄が丑の方角を指すことから、丑の月(建丑月)といわれています。
二十四節気ではこの時期、大寒(新暦1月20日頃)に向けて冬の冷気が極まるので、一年のうちで寒さが最もつのる季節です。
童磨は冬を表す「丑」につながりそうです。
猗窩座と「丑」の共通点
猗窩座の「窩」は「むろ」や「あなぐら」を意味します。「むろ」というのは、物をたくわえたり、育てたりするために、外気から防ぐように作られた部屋のこと。穴を掘ってつくったものを「穴ぐら」といいます。
猗窩座は四柱推命の「丑」にあてられた、土蔵や金庫の意味につながりそうです。
半天狗と「丑」の共通点
「角川 漢和中辞典」によると、半天狗の「半」は「八」と「牛」の2字からできていると説明されています。「八」が音を表して、ものをわける意味。「牛」は、ものを示しています。
半天狗の「半」は、丑の十二生肖の「牛」のイメージにつながりそうです。
玉壺と「丑」の共通点
「壺」は、水や酒などを入れる器のこと。日常的に使う物を一時的に保管する他、梅や味噌などを熟成させながら保存するときにも使われます。また、「滝壺」のように深くくぼんでいる所も「壺」と表現されます。
玉壺の「壺」は、四柱推命の「丑」にあてられた土蔵や金庫の意味につながりそうです。
堕姫・妓夫太郎と「丑」の共通点
遊郭の地下には広い空洞がつくられていて、堕姫たちはそこを食糧貯蔵庫として使っていました(9巻 第78話)。帯の中に捕まえた人間を閉じ込めて、好きな時に出して喰っていた(9巻 第78話)わけです。
堕姫と妓夫太郎の食料貯蔵庫は、四柱推命の「丑」にあてられた土蔵や金庫の意味につながりそうです。
魘夢と「丑」の共通点
牛の瞳孔は、光が当たって収縮するとき、水平方向に細長くなります。これは瞳孔を細めて目に入る光の量を調節するときも、広い視野を保てるようにするためと考えられています。
魘夢の右目も瞳孔が横一文字に描かれていて(6巻 第51話)、丑の十二生肖の「牛」のイメージにつながりそうです。
累と炭治郎に共通する「丑」
「丑」の古い字形は「手で物を取ること」で、手の指に力を入れて曲げる様子を表します。
丑を音符とする文字の一つに「紐」があるのですが、「角川 漢和中辞典」によると、「紐」の解字は「丑が音を表し、つなぐ意の語源(屬)(しょく)」からくる文字で、「つなぎ合わせるための糸、紐」を意味するといいます。
曲げた指の先から鋼糸を出す累は、つなぎ合わせるための糸を意味する「紐」のイメージがあります。「丑」の古い字形につながると考えることができそうです。
そうすると、炭治郎も累と同じイメージが重なります。炭治郎は「”隙の糸”の匂いがわかる」ようになって、錆兎に勝つことができました。漫画の中では、こんなふうに説明されています。
誰かと戦っている時、俺がその匂いに気づくと糸は見える。糸は俺の刃から、相手の隙に繋がっていて、見えた瞬間ピンと張る。俺の刃は強く糸に引かれて隙を斬り込む。
(1巻 第6話)
糸は刀の刃先から出ているのですが、炭治郎は刀の柄を、指を曲げてしっかりと握っています。つまり、刀を介していますが、糸と指の関係は累と同じなのです。
炭治郎もつなぎ合わせるための糸を意味する「紐」のイメージがあり、「丑」の古い字形につながると考えることができそうです。また、23巻 第204話で、愈史郎が指摘していたことにもつながりそうです。
丑寅の方角と産屋敷邸の爆破
鬼は古くから鬼門(北東)に現れるといわれていました。鬼門は北東の方角で、易の六十四卦では「艮(こん、うしとら)」にあたり、十二生肖(じゅうにせいしょう)では「丑寅(うしとら)」にあたります。
一説に鬼が「牛の角(丑)」に「虎の牙・虎の皮のふんどし(寅)」という姿をしているのも、鬼門の方角の十二生肖のイメージが割り当てられているといいます。
響凱には虎(寅)のイメージがあるので、「鬼滅の刃」の鬼にも「丑寅」の要素が揃っているところは興味深いですよね。
十二支は方角の他、季節にも使われるので、そのまま重ねることができるのですが、丑寅は旧暦12月(新暦1月)と旧暦1月(新暦2月)の境目にあたります。
旧暦12月末は二十四節気の最終節「大寒」があり、その最終日に雑節の「節分」が来て豆まきが行われ、その翌日が二十四節気の一つ「立春」となります。
易や陰陽五行を民俗学に取り入れた学者・吉野裕子さんによると、豆まきに使われる大豆のように、丸くて堅いものは、陰陽五行では「金気」に還元されます。そして、豆まきには必ず煎り豆が使われるのですが、これは「火気」と「金気」の「火剋金(かこくきん)」の関係が使われているといいます。
「煎ること(火気)」を利用して「春(木気)」の敵である「豆(金気)」を撃ち、金気の力を弱めることによって春の木気を扶(たす)ける、間接的迎春呪術を意図しているというのです。
「鬼滅の刃」では産屋敷邸の爆破が、この豆まき行事に重なります。
陰陽五行をもとに組み立てられている占術「九星気学」によると、金気の象徴は六白金星となります。六白金星が表す象意は「父親」、つまりお館様です。
旧暦では立春のころに1月1日が巡ってきたため、この日をもって新年の始まりとする考え方がありました。お館様の子どもたちの「にちか」と「ひなき」が正月の数え歌を歌っていたこととつながります。
産屋敷邸の爆破を、「爆破すること(火気)を利用して春(木気)の敵である『父親=お館様(金気)』を撃ち、立春正月の木気を扶ける」と見ると、節分行事の豆まきと重なるのです。
そう考えると、無限城編は節分に行われる「鬼遣らい」の行事にも見えてきます。
貴船神社に重なるもう一つの鬼
神話の最終地点である貴船神社には、もう一つ興味深い伝説があります。
「平家物語 剣巻」(成立未詳)では、嫉妬に狂う橋姫の望むままに生きながら鬼にしてやった神様として貴船明神が登場するのです。
第一の不思議は、しばしば人の行方が知れなくなることでした。それも死ぬのではなく、それまで多くの人とともに座敷にいた者が、忽然とかき消すようにいなくなるのです。どこへ行ったのか、どこにいるのか、さらにわからない。身分の高い者から下々の者にいたるまで、恐れ、動揺して、生きた心地もしませんでした。
事の次第を詳しく調べると、嵯峨天皇の御代に、ある公卿の娘が嫉妬のあまり貴船の社に詣で、七日間籠もって、妬ましい女を取り殺すために生きながら鬼神となすよう祈ったため、明神は不憫に思い「誠に鬼となりたくば、姿を改め、宇治の河瀬に赴き、三七日(さんしちにち)の間、水に漬かりおれよ。」との御告げがありました。
公卿の娘は都に帰り、人のいない所で、御告げにあったとおり、長い髪を五つに分けて五つの角(つの)を作り、顔は朱で染め、体には丹(に)を塗り、頭には鐵輪(かなわ、五徳)を戴いて、その脚に火を燃やし、両端に火をつけた松明を口にくわえて、夜更けを待って大和大路を南へと走り、二十一日の間、宇治川の水に漬かって、思いどおりに生きながら鬼となりました。宇治の橋姫というのは、これでありましょう。
生きながら鬼となったこの女は、妬ましい男女をはじめ、一族縁類(いちぞくえんるい)思うがままに取り殺したといいます。
参考 新訳平家物語 下巻(コマ番号197~198) | 国立国会図書館デジタルコレクション
参考 平家物語 剣の巻 第1軸(コマ番号9~13) | 国立国会図書館デジタルコレクション
「剣巻」のいう橋姫は、現在も宇治橋のそばにある橋姫神社(京都府宇治市)に祀られています。
小さなお社に祀られている御祭神は、瀬織津比咩(せおりつひめ)。そのお社に並んで水の神・住吉明神を祀るお社があります。
宇治橋周辺は源氏物語「宇治十帖」ゆかりの古跡でもあり、「鬼滅の刃」遊郭編のイメージに重なる場所といえそうなのですが、長くなるので、これは後ほど別記事にまとめていきます。